異常な部活動に喝!

8月, 2010 のアーカイブ

教師の品格

私の小学校の頃は、教師の質は信じられないほどひどかった!

「愚連隊」

という言葉を若いひとは知らないかもしれないので「広辞苑」の記述を引用しておきますね。
「繁華街などを数人が一団となってうろつき、不正行為などをする不良仲間」
とあります。
まさに小学校の教師たちは「愚連隊」そのものでした。
いや、それ以下でしょう。
悪さは教室内でもっともひどかったのですから。
母は
「軍隊上がりの教師」
と言っていましたが、その言動はまさに軍人のものでした。
ちょっとでも気に入らないことがあれば
「きさま―!」
と怒鳴り往復ビンタの嵐。
クラスで殴られなかった生徒なんて一人もいませんでした。
殴る理由なんてなんでも良かったのです。
「今日昼食時に一言でもしゃべった者は立て」
と言い、ほとんど全員を立たせてビンタを与えるのです。
ビンタくらいで済めばまだいい方。
中には全身あざだらけになるほど殴られ、熱をだして寝込んでしまう生徒もいました。
女の子の胸に触る教師も珍しくはなかったのです。
今だったら完全に「懲戒免職」ものです。
それでも当時は問題にされることは皆無でした。
親たちの意識もまだ「軍人」だったのかもしれません。
(日本の軍隊は完全に日本人を崩壊させましたね!)
そんな教師が徒党を組んで闊歩してました。
校長も怖かったのか、見て見ぬふりでした。
そんな小学校を卒業したときは、ほんとに嬉しかった。
あー、あの教師とは永遠に別れられる!
―――まるでDVから逃れられた女のひとのよう。
さて、中学校へ入ってまず感激したのは教師たちの素晴らしさ!
です。
小学校時代とは全く違う!!
あー、やっぱり中学は違うなぁ・・・って感動しました。
小学校ではほとんどまともな授業を受けられなかったため、私たちの学力はとても低いものでした。
他の小学校からきた子供たちとは大きな差が既にできていたように思います。
もっとも重要な時期をあの忌まわしい教師によって台無しにされた思いは今も消せません。
私は基礎学力を小学校時代に構築することができなかったのです。そのことがずっとあとあとまで影響しました。
ただ、英語だけは中学校に入ってから皆で
「よーい、ドン!」
だったので、成績を上げることができました。
中三のときにも90点以下の点数をとった記憶はありません。
教師により子供たちの将来に重大な影響が出る
このことは私の脳にこびりつき、一生私の行動に影響を与え続けるでしょう。
息子の中学校に対してしばしば苦言を呈し、反省を求めるのはこのことが大きく影響しているでしょう。
息子の先生たちを見ても、教師の質によって子供たちが大きく影響を受けることを目の当たりにしてきました。
小学校高学年の担任女性教師はホントに
凄い教師
でした。
授業参観をしたときのことは鮮明に覚えています。
まるで生徒と教師の「掛け合い漫才」のごとく早いテンポで授業が進みます。子供たちもボーとしている間もないほど濃縮された授業風景をみて、
「これはとても新米教師にはできないなー」
と感心したものです。
別の機会に学年全体が集まっての授業があり、それも参観しました。
先生から質問があると、息子のクラスの生徒はほとんどが「ハイハイ!」と元気に手を挙げるのに、他のクラスは数人程度が手を挙げるだけで、ほとんどの生徒たちは黙っていたのです。
この差は驚愕の状況でした。
素晴らしい先生が担任になってくれたこと、今でも感謝しています。他のクラスの先生たちも、とてもいい先生方だったのですが、教師としての力量には差がありました。このときの校長先生も子供たちからとても好かれていました。
息子は今でも
「小学校の先生はいい先生が多かったなぁ」
と言います。
私も小学校に文句など言ったことはただの一度もありませんでした。
でも今、息子の中学校の実態はとても看過できる状況ではないと感じています。
校長をはじめ、教師たちの質のレベルがとても低い。
「若くてまだ経験不足だけど必死に頑張っている姿」
というものが見れたならまだ納得できたのですが、何十年も教師をやっている人が、自分の都合しか考えていないような態度。こんなのを見せつけられると怒りがこみ上げてきます。
やっていることは
● 怒る
● 怒鳴る
● 締め付ける
です。
自分たちが「教育の奉仕者」であることを忘れ、「子供たちを支配する者」と思い違いをしています。
どうしても私の小学校の教師たちの姿とダブってみえてきてしまうのです。
だから許せません。
もうあの中学校には何も言うことはないでしょう。
何を言っても無駄だと感じたからです。私の提出した文書をしっかり読んでいないかあるいは読解力がないのか、まったくトンチンカンな対応しか返ってきません。
子供にとっては必ずしも幸福な三年間とはならなかったと感じます。でも普通に学校生活を送れたことは良かった。積極的に活動できたこと―――これは小学校の先生の力のおかげが大きかったでしょう。
中には不登校になってしまった子も少なからずいます。彼らが高校へ進んで新たな人生の出発を得られることを心から祈ります。

PTA いらだつ関係

今息子が通っている中学校はかなり問題のある学校として有名らしいです。
「あそこの生徒とはかかわり持つな」
って親たちの間では言われていたよ―――って友人から聞かされました。。。。。
やっぱり問題校と呼ばれるような学校は、教師も問題あるようです。
いや、校長が一番悪いのかな?
昨日息子の小学校卒業式のビデオを観ていたら、息子がやってきて
「あー、小学校は良かったな! イイ先生がいっぱいいた。校長先生もとても素晴らしいひとだった」ってしゃべりだしました。
要するに今の中学ではあまり「イイ先生」はいないということなのでしょう。
オイラ、一時学校へかなり不満をぶつけました。。。
でももう考えるのやめました。
いらいらするだけだから(教師、生徒、親の間で考えがぶつかりあうし、教師間、生徒間、親同士でもぶつかりあう。解決しないのが見えてきてしまうので)。
いらいらは身体に悪い!!
病人は
「今自分の悪いところはどこなのか」
「何が原因で悪くなったのか」
「どうすればよくなるのか」
を考えます。
でも特別病気もなければ、健康について深くは考えないでしょう。
学校も似てますね。
校長に悪い話が入らなければ自校の「病」に気がつかない。
だから「ウチの学校は良い学校」で終わってしまう。
生徒たちからの悲鳴があっても気付かずまま。
(そのうち重病に陥るぜ!)
もし「悪いところがある」と認識すれば
「何が原因か」「どう対処すべきか」
という議論が起こってくるはずです。
でも命がかかっている病人と違い、学校は死にゃしない。
だから原因追究もおろそかになりがち。
悪いのは子供の性格。それを育てた親たちのせい。
―――で終わらせてしまえば
「学校では何もできません。各家庭で取り組んでください。」
で終わり。
親は
「ウチでは何もできません。学校で教育してください。」
あ、病人でもそうゆうひといるかな。
「オレ自身の生活は別に悪くない。悪いところを取り除くのは医者の責任だろ!!」
って。
医者の中にも
「病気を治せるのは医者だけ。あんたがいくら気張っても処方箋なしに良くなることはない。」
って考えているひといますね。
医者と患者
教師と生徒&保護者
この複雑な関係、なんか似ているんだよなぁ・・・。

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