異常な部活動に喝!

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↑↑↑↑↑ 50年ほど昔の私と姉。半世紀で私たちはどれほど進歩したというのでしょう・・・・・。
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以下は自分のHP:「50歳からのピアノ」に書いた内容です。
まずはご一読を。
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2010年 9月3日
その後の中学吹奏楽部の成績は
● 県大会 「銀賞」
● 中日大会 「A:優勝」(代表にはなれず)
でした。
これで二年半にわたる部活をほぼ終えることになりました。後は今月5日の「定期演奏会」を残すのみ。
親よりも早く家を出て、親より遅く帰ってくるような学校生活を続けてきましたが、「お疲れさん」と言ってやりたい。それにしても中学校の部活の異常さを思う親が少ないのには愕然とします。
私の姉なども言います。「それは当たり前よ」—–どの学校でも同じような状況だからそれは「当たり前」で「当然のこと」で「必要なこと」 —–。それって考え方がおかしくない?? 姉や私の友人の何人かは「平和活動」を積極的にやっています。多くの日本人が「軍備増強はどこの国でもやっていること」で「当然のこと」で、だから「必要なこと」という議論を彼らはいったいどうやって崩してゆこうと考えているのでしょう。
私が見る限り、そんな努力はしていません。
「どうせ言ったって分からない。いいのよ! 私たちが正しいんだから!」
日本の「左翼運動」は何十年も前から少しも進歩していないように思えます。どうせ何を言っても理解されない—–という敗北感と同時に、「私たちは正しい」という自己満足の相反する二面性を引きずったまま、袋小路を右往左往しているだけ。
運動の手法が間違っているのではありません。それ以前の問題です。人権を声高に叫びながら、子供たちの異常な教育環境に対しては問題意識すらもたないという、思考力に問題があります。

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以上です。
子育てや教育問題を考えるとき、しばしば「抵抗勢力」として立ちはだかるのは
学校長
教師
PTA
それに加えて「市民運動家」たちです。
「市民活動家」にとっての抵抗勢力もまた「市民活動家」を含む上記の人たちです。
以前沖縄から信州にやってこられた平和活動家がおっしゃっていました。
「筑紫さんは実は私たちにとっては一番の障害になっているんです。」
「筑紫さん」とは「ニュース23」や「週刊金曜日」などのスタッフとして活躍されていた方。
沖縄問題を積極的に取り上げてはいました。
しかしその報道の仕方が、地元の平和運動にとって障害になるようなことがあったそうです。
そして筑紫氏にそのことを再三訴えたにもかかわらず、一切の返答がなかったそうです。
かなりの怒りが地元民にあったようです。
私たちは
「あのひとは左翼だから」
「あのひとは右翼だから」
「平和活動家だから」
「環境保護団体のひとだから」
などでひとをひとつの枠にはめ、評価してしまいがちです。
その結果
「あのひとは共産党だから言っていることは正しいに違いない」
とか
「あのひとがこの問題に関心を持っていないのだから、自分たちも関心を持つ必要はないのだ」
など、おかしな行動に陥ります。
やはり
「思考力に問題がある」
ように思えてなりません。
選挙で
「なぜ共産党に投票できないか」
を本気で考えるひとなんてまずいません。
同様に
「民主党でもいいと考える人たちの心理」
を本気で考えるひともあまりいません。
「ひとは皆分かることだけ聞いている」
―――うまいことを言ったひとがいますね(ダレか忘れました)。
多くのひとは「分かること」があまりに少ないため、聞いて理解することもあまりに少ないのです。
でも
「分かっている」「分かっていない」を言い合いしてもしかたありません。
私たちは少しでも
「分かろうと努力する」
姿勢が必要なのではないでしょうか。
その上で「批判」や「共感」を示せばいいでしょう。
「何も聞かない、知りたくない」人が、無責任な支持を表明したり、批判したりすることはやめてもらいたいものだと常々思っています。

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