異常な部活動に喝!

10月, 2010 のアーカイブ

部活廃止論の基本

  • 部活を廃止すべし

という議論の根底にあるものはなんでしょう?

自分の子供が部活において

  • いじめられた
  • 望みのポジションを与えられなかった
  • 顧問教師が嫌いだ

といったことが親の立場としての「部活廃止論」であっていいとは思いません。

もしそんな理由が正当であるなら、部活で活躍できている子の親は逆に
「部活存続論」を展開することになるでしょう。もっと理性的な判断がされるべきです。

部活のデメリットは何でしょうか?

教師の側に立って考えれば
1.ただでさえ忙しい教師が、さらに過酷な仕事を押しつけられる。
2.部員の保護者からのうるさい要求に教師が悩む。
3.仕事時間に見合った報酬が得られない。

生徒たちの立場に立って考えれば
1.指導者を自分で選べない(来年は代ってしまうかもしれない)。
2.練習内容を自分たちで決められない(場合が多い)。
3.辞めたくても内申書などへの影響を恐れて躊躇してしまう。
4.勉強時間が十分に確保できない。

親たちの立場に立って考えれば
1.親子の対話の時間が十分に持てない。
2.週末家族でのリクリエーションができない。
3.勉強をみてやる時間が取れない(子供の時間制限のため)。
4.親同士の間で部活に対する考えが大きく異なり、トラブルの元になる。

などが挙げられます。

ではメリットはなんでしょうか?

教師にとってメリットなんてないと思います。
ありますか? もしあるとしたらそれは何でしょうか?
「一部の教師が自分の名をあげるために部活を利用している」
という指摘は現場教師の正直な告白として聞いたことがあります。
女子生徒に悪さするために顧問をやっていたような教師もいました。

でも教師の勤めは生徒たちの学力を高めることにある―――ときちんと認識している教師にとって、部活なんてお荷物にしかならないはずです。

もし中学にも
科学部とか社会部とかがあれば話はちょっと複雑になってしまいますが、ほとんどの中学校にはそんな気の利いた部活はないのでは。もしあったら、そういう部はひとまず議論の対象から外してください。
息子の通う中学校は市で一番大きな中学校なのですが、文化部としてあるのは

  • 美術部
  • 合唱部
  • 吹奏楽部

のみだそうです。
そのような状況を前提として部活議論を進めさせてください。

さて、子供たちにとって学校に部活があることはメリットでしょうか?

本気でプロを目指している子は専門家についてその道を究めようとするでしょう。楽しみでやろうという子だって、その場が学校でなければならない理由はないはず。

ただひとつ、子供たちにとっても親たちにとってもサークル活動を学校が引き受けてくれることのメリットは時間的距離的に便利だということ。いったん家に帰ってから地域のサークル活動の場に出かけるというのは、時間的に無駄があると感じるかもしれません。
また仮に地域社会がサークル活動の場を引きうけてくれるとしても、一部の子供たちにとっては距離的に遠くなってしまって参加が面倒になってしまうことは考えられます。

でも家の近くに活動の場がある子にとっては、ラッキー! なハナシですので、どの生徒にとっても学校における部活がメリットになるわけではありません。

生徒の家があちこちに散らばっていて、なおかつ遠いような場合なら、単に学校をサークル活動の場として提供すればいいだけのこと。指導するのが教師である必要なんてありません。

日本のような部活を行っている国は他にほとんどないという事実があります。だからといって日本に比べてスポーツや音楽などの分野での若い世代の活躍が他国ではないなどという事実はありません。
彼らは地域社会の中で大人たちと一緒になって、スポーツや音楽を学んでいます。同時に社会性も身につけてゆきます。

私はオーストリアで一年近く生活をしました。ドイツにもしょっちゅう行きました。大人たちの紳士淑女ぶりにはしばしば感心させられましたが、その一方で子供たちの傍若無人さにあきれる場面も経験しています。

「いったいどうしたらあの行儀の悪い悪ガキたちが、あの紳士淑女に脱皮してゆくのだろう?」と不思議に思ったほどです。

その理由のひとつは地域社会が子供たちの成長を支えていることです。サークル活動の場などを通して子供たちは大人たちから社会性を学んでゆくのです。日本のようにもっとも社会性の乏しい教師だけが生徒を指導するような環境は決して望ましいものではありません。

日本も子供たちを学校から解放してやろうじゃないですか!!

同時に教師たちも部活から解放してやりましょう!

 

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唯一学校との接点が部活

部活廃止論に対して、次のような反論があります。

「いじめなどの理由で不登校になってしまった子が、唯一学校との接点を保てる場所が部活」

という意見です。

でもそういう場合もあるでしょうが、もし部活内でいじめがあって、それが原因で不登校になった場合はどうでしょう?
そんな子はどうにも救われません。

ですから部活の場が子供たちの避難場所になるとは限らないのです。逆に学校へ行きたくなくなる原因を作ってしまう場合だってあります。

部活の場を通して子供たちは人間関係を築く方法や、団結する力を実に付けてゆくのだ

―――という議論もあるでしょう。
なんとしても部活を擁護したい人はそんな理屈をこねます。部活が楽しくて仕方ない、あるいは部活だけが楽しみの場。そういう子供とその親にとっては部活は必要な場として考えられることは自然です。
でもその場が学校内になくてはならない理由はありません。学校とは離れた社会の中にあっても何の問題もありません。

多くの教師たちは「部活なしで済めばそれに越したことはない」と言います。
本当にそう思っているのかなぁ・・・。部活廃止なんて「とんでもない!」と考えている教師も少なからずいるようですね。
部活になにかおいしい材料があるのでしょうか?
休日もつぶされ、たいしたおカネももらえず・・・というハナシは聞くのですが、部活わが命!のごとく一生懸命な先生を見ると、

なんで!?

という素朴な疑問がわいてきます。
本当は相当におカネをもらってんじゃないか、大会に優勝でもすれば金一封、100万円くらいもらえるのではないか・・・。
きっと学校の先生は笑うでしょうね。「アホかいな」って。

でもあの「熱心さ」って私には理解できないものです。

この2年ばかり顧問の先生には随分騙されてきました。
顧問の先生ばかりではありません。実は一番の「ワル」は校長なのではないかと疑っています。

顧問が父兄・生徒に対して配布した文書には

「部活はプロ養成の場ではない。」
とか
「土日二日続けての部活は基本的に行わない。家庭の事情を最優先させる。」
などが書かれていたのですが、家庭の事情を優先させようとして子供を日曜日に休ませようとしたところ、即座に顧問から

「困ります。部活に参加させてください」

との指示。
言っていることとやっていることが全然違う。

文書には校長名の署名もあったので、校長にそのことを問いただせばなんだか触れられたくないご様子。関係のないハナシをグダグダとしゃべり続けるありさま。

ヘンです!
教育の場で教師たちのウソが一番多い。息子の通う学校がとりわけ悪い状況にあるのだとは思います。悪い評判は数多く聞かれますし・・・。

部活のあり様を教師の質に頼らざるを得ない状況はやはり無理があります。

何度も言うように、サークル活動は学校を離れ地域社会が引き受けるべきです。
優秀な指導者を配置し、年齢などの区別なく適切な指導が受けられるような環境を整備すべきだと考えます。

部活がいじめの温床に

部活がいじめの温床になっている場合が結構あるようです。

それが理由で退部する子もいるようです。

私からみたら当然の結果です。

だって、毎日長い時間顔を合わせている。
ただでさえイライラがつのる学校生活の中で、毎日同じ顔と長時間向き合っていたら、いじめが起きても不思議はありません。

同学年同士なら、抱える問題やイライラも共通のものがある。そのイライラの気持ちが仲間に向かってしまうことはあり得ることでしょう。
また先輩だ後輩だっていう人間関係の複雑さもある。

相手がどこかの会社員のおじさんだったり、幼い子供なら少なくとも学校内で発生しているイライラがそれらの人たちに向かうことはないでしょう。

同じ仲間だからぶつかりあうのです。

クラブ活動が学校内という閉鎖された場で行われている以上、それがいじめの温床になることは当然だと思います。

クラブ(サークル)活動を学校の中に閉じ込めて子供たちを閉塞状況に置いてしまうのが、今の学校の部活だと思います。

クラブ活動は学校の外に置く方が良い。
―――私はそう考えています。

子供たちの成長のためにもその方がいいと思ったことがあります。

二年前まで息子の中学の吹奏楽部を指導していた先生が、その後地域の小中学生を集めてバンドを組んだのです。

そのバンドがあるコンサートに出場しました。
そのコンサートは地域の学校や社会人のクラブが集まって開かれたものだったのですが、そのバンドの演奏は素晴らしいものでした。

結成されてまだ数カ月。時々しか皆が集まって練習することができないというハナシは、「ウソだろ!」って思うほどでした。

「大会へ出場するという目的がなければ、モチベーションが上がらずに成長もできない」

ということを言うひともいるでしょう。でもそんなことはないということをその子供たちはハッキリと示してくれました。

優れた指導者のもとで楽しい練習ができて、自分がどんどん成長してゆくことを実感できるなら、大会などという目的などなくても子供たちは素晴らしく成長してゆくのです。

「勝った負けた」
「アイツがヘマした」
「アイツはヘタだ」
「意見が合わない」
「態度がむかつく」

など、学校内部活ではよく生じる問題です。

教師たちも
「学校の名誉」
などという子供たちにとってはどうでもいいことにこだわりがちです。

ホント、もう学校の部活なんて廃止しましょう!

中学校部活廃止論

教育問題については

癌克服への道

から

教育と子育て

を経て、ここ「中学校部活廃止論」へと移ってきました。

当初、それほど大きな問題とは捉えていなかったのですが、息子が所属した吹奏楽部の3年間近くを通じて、この国の中学校部活の異常さに無言でいることはできなくなりました。

そこで中学校の部活の問題を単独テーマとして取り上げ、議論を深めてゆきたいと考えました。そしてこのブログの立ち上げへと至ったしだいです。

中学校の部活ではとりわけ

  • 野球部
  • サッカー部
  • 吹奏楽部

の異常ぶりが目につきます。

いや、吹奏楽部が一番異常かもしれませんね。
野球やサッカーは暗くなったらもう練習はできないけど、吹奏楽は夜遅くまででもできますから。

私たちの地域の中学校はほぼ100%が公立中学ですが、練習量の多さは私立音楽学校並みかと思うほどの多さです。

親よりも早く家を出て、帰りは親より遅い。そして土曜日曜も練習練習。。。
時として、夜の8時過ぎまで練習しています。

これで子供たちの正常な成長が望めるのでしょうか?
実際にある病院の心療科を受信する子供たちの9割が「吹奏楽部の生徒」というハナシを校長先生から聞かされたことがあります。

それを知りながら学校として何の手だても講じないというのは、いったいどういうことなのでしょうか?

とにかくおかしなことばかりの中学校部活。

いえ、高校だっておかしいのですが、高校生はもう自分で自身の行動を決められるのでここでは問題にしません。
中学生も建前は自由参加ですが、ほとんどの生徒が部活をやることや、進学時の内申書のことが気になったりして「私はやらない」とはなかなか言えない状況にあります。

それでも毎年部活を抜けてゆく生徒がいるのですが、彼らの多くは先生に対して不満をもっています。
「先生が異常だ」――という声は多く聞かれます。

「いやなら辞めろよ!」
という人もいますが、そう簡単ではない。
会社でもそうでしょう。会社のやり方に不満があって文句を言う。すると管理職などがやってきて、「いやなら辞めろよ!」と言うのです。どこの会社でもありそうなことですね。

上の立場に立つひとの命令には絶対服従!

っていう考えは会社組織の中ではかなり蔓延しています。
今の中学校はまるで企業経営者の要求に沿うように生徒指導が行われているように感じられてしまいます。

でも「おかしい」と思うことを「おかしい」とハッキリ主張できる人間を育てることが真の教育ではないのでしょうか?
その点に関しても今の中学校教育は「おかしい」のです。

部活の異常さが収まらないのは、その異常さを作りだしているのが現場教師と校長だからです。

その辺の事情については次回にご説明しましょう。

個性を奪う教育

我が家で採れたカラー・ピーマンです。

collor pepper

家で野菜などを育てていると、様々な個性のあるものが採れます。
上のピーマンを見てどう感じますか?

ある人は「美しい」と言うし、ある人は「気持ち悪い」と言います。

食べてみれば味は他のものと変わりません。おいしいです。
でもこんなピーマンはスーパーなどでは商品とならないでしょう。

スーパーでは



大きさ

などに関してある基準が設けられていて、それを外れたものは商品となりません。
資本主義社会において私たち一人一人も商品です。労働力という商品です。
今の学校教育において、子供たちは「売れる」商品になるための訓練を受けることになります。

ですからいくら「個性を伸ばす」とか「個性尊重」なんて言ってもそれは絵に描いた餅。
産業界からそんな要求なんて出てはきません。産業界の子分みたいな資本主義国家の政府は、産業界の意向で動いているようなものなので、「個性を伸ばす教育」なんて本気でやる気なんてありません。

だから相変わらず教育現場において、個性の強い子供ははじかれます。

もちろん教師の質にも影響を受けることは間違いありません。
個性を尊重する教師のもとでは、子供は活き活きと勉学に取り組むことができるかもしれません。

でも今の日本社会全体が個性を認めない状況にある中では、子供たちも周りと合わせる道を選んでしまいがちです。

「規格外」の商品は売り物にならないことを、子供たちは早くから感じ取っているはずです。

まずはスーパーの野菜売り場から変えないといけないですね。

いろんな形、大きさ、色の野菜があっていい。それを選ぶのは客です。流通業者やスーパーの経営者に決めてもらいたくなんてありません。

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