異常な部活動に喝!

教育においては知識のみならず人として大切な
知力(考える力)と人格形成は重要なテーマです。

サークル活動が特に人格形成において重要な位置を占めていることは認めます。私自身中学時代のサッカーや高校、大学時代の山岳部での活動がとても大きな経験になったことは確かです。

だから私はサークル活動を否定しているのではありません。そのことは再度強調しておきたいと思います。

私が批判しているのは、中学校内に限った「部活」です。
何度も言いますが
1.教職員たちに大きな負担となっている。
2.教員は数年で移動となり、そのつど子供たちが振り回される。
3.部活がしばしばいじめの場となっている(校外サークルならあまり問題になっていません。仮にあってもいつも一緒にいるわけではないので実害にならない場合も多い。)
4.しばしば学校の名誉が子供たちの教育権利を侵している。
5.子供値たちの健康を害している場合がある。

まだまだ上げればいっぱいあります。

サークル活動が学校内で行われなければならない理由は何もありません。なのにどうして日本では学校内部活動が重要視されてしまうのでしょう。

よく、
「日本は日本独特の部活動によって人格形成がなされている。それゆえ日本人は礼儀正しい」
と言う人がいます。

私は一年あまりヨーロッパで生活しましたが、日本人がヨーロッパの人々より礼儀正しくマナーが良いとは全く思いません。

むしろ逆の場合が多く、スイスのツェルマットではあまりに日本人観光客のマナーが悪いことから、一時日本人を村に入れない措置がなされたほどです。

私が最も長く暮らしたオーストリア ザルツブルクでは、住民のマナーの良さと礼儀正しさ、そして治安の良さは暮らした人なら誰でも日本人より上であると認めるでしょう。

日本人は「日本人の優位性」などというおとぎ話をしたがる人たちによって、だまされています。耳に心地よい主張ばかりに流される日本人の性格にも問題があります。

「日本では水と治安はただ」
なんて言われた時代もあったかもしれません。今は誰がそんなことを信じるでしょう?
外国のことを何も知らないひとが思い込みだけでそう言っているだけではないでしょうか?

もっと現実をみてもらいたい。

つまり部活動で日本人の人格が形成されているという議論は完全に破綻しているのです。

文科省でも「部活動の意味」に関しては
「学年の違いを超えて生徒がともに同じ趣味を通して成長してゆくこと」を重要視していたと記憶しています。

でも実際の学校内部活動は上下関係が厳しく 、「学年の差を超えて」子供たちが自由闊達に活動できる場ではなくなっています。子供たちだけに任せておけばまだいい場合もあるでしょう。でも教師が異常なほどに関わろうとするためかえって厄介なことになっている状況をかなり見てきました。

今時儒教的精神で礼節さを上下関係の厳しさで植え付けようなんて、おかしかないでしょうか?

「人格」という言葉も教師によって全く解釈が違います。

中学校教師も子供たちももっと部活動から自由になってもらいたいと願います。

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