異常な部活動に喝!

9月, 2011 のアーカイブ

部活が教師の遊び場になっている

友人で高校教師をしている人がいます。

彼は山岳部の顧問。

「毎週部費で山に登れるんだぜ。これだから教師はやめられないよ」

と言っていました。
多分本音ではないと思います。責任感が強いひとで、それほどお気楽にやっていたとは思えないのですが、受け狙い気味に発した言葉でしょう。

でも世の中、本当に部活が「遊び場」になっている教師もいます。

とある中学の吹奏楽部はいままで

1 県大会
2 中日大会

に参加して、それが終われば三年生は引退でした。
10月に行われる
マーチング・コンクール
には三年生は参加していませんでした。だいたいその時期は3年生にとっては既に受験シーズンです。

それが今年

1 県大会
中日大会出場なし。

そして
秋のマーチングには全員参加となったようです。

生徒たちが
「私たちはマーチングより座奏に専念したい」
と訴えても、顧問教師は聞く耳もたず。

そして秋のコンクールに三年生を参加させることについても

「ぎりぎりまで部活をさせることで、受験においてもラストスパートがきく」

などといいかげんな理屈をこねています。

自分がマーチングをやりたいからといって、それを中学校の生徒にどうして強要できると思い込めるのか。
まったくこの教師の頭はどうなっているのでしょう。
音楽教師だからバカでもいい。そもそもバカだったから音楽教師にしかなれなかったのだ
っていう人もいるでしょうけど、そんな言い訳は中学生やその保護者たちに通用する話ではありません。

こういったことがなぜ長年この日本において放置されてきたのでしょうか。

私が小学校の頃、教育現場はまだ『軍隊』でした。
昭和30年から40年前半くらいのことです。
でも教師たちの態度はまさに軍人。
「キサマー!!」って声とともにビンタが飛ぶ。それが当たり前の教育現場でした。

その頃に比べれば随分良くなったことは間違いないのですが、未だに教育関係者の多くに「教育は子供たちへの奉仕」という考えはないのだと思います。大阪の橋本知事は私よりずっと若いのに、あの程度の人間です。教育基本法などたぶん知らないのではないでしょうか。

そんなオバカ連中が教育に手も足も突っ込んでくるからおかしくなるのでしょう。

誰のための教育なのか

それをもっと考えてもらいたい。

学校は教師の遊び場ではないのです。

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9月10日 ニュース深読み 観ました?

今日9月10日の

NHK番組 「週刊 ニュース深読み」

は面白い企画でした。
あの番組を観て共感を得た方なら、私が今まで主張してきたことが理解できるでしょう。
逆に私の主張が理解できない人は、あの番組の内容がチンプンカンプンだったのではないでしょうか。

番組の内容についてはかなり多岐にわたっていたこともあり、ここで紹介はできませんが、日本のスポーツ政策のあまりにお粗末な現状が解りやすく解説されていました。

スポーツだけではありません。
吹奏楽などもスポーツ同様の問題を抱えてきました。

とりわけ中学校では頻繁に異動がある教師に部活の顧問をさせるため、生徒たちが振り回されています。たった一人のおバカ教師のせいで、部そのものが崩壊状態になってしまった例もあります。

私がかねがね主張しているように、スポーツや文化活動を学校単位、企業単位でやることに無理があるのです。
地域社会がそれを支える仕組みを創る必要があります。よって、大会も学校単位ではいけません。学校単位の出場があってもいいですが、地域のスポーツクラブや音楽クラブが参加できるようにしなければいけません。

日本型のシステムを賞賛する意見もありますが、スポーツでも音楽でも世界的プレーヤーは学校単位クラブの中からはほとんど生まれていないのが現実です。日本の学校単位の部活が優れたシステムだと言うなら、なぜその中から秀でた人間が育ってこないのでしょう。

もともと文科省は、個人の能力を伸ばすことには興味がないのだと思います。

管理し、押さえつけ、従順にさせる

それが日本国の教育の目的だと理解しているとしか思えない面が多々あります。

「一億総ロボット化」

は官僚や為政者にとっては都合がいいでしょうが、国家のダイナミズムは完全に失われます。

日本の部活のあり方はこれから変わるでしょうか?
難しいでしょう。縦割り行政の中で、官僚たちは改革など行うつもりは、はなからありません。
また親たちの9割方は現状に対して思考停止状態か、そもそも何も考えていません。

「どうせ3年間だけのことだし・・・」

という親もいますが、子供はもっと続けたいと願っているのかもしれません。大きな可能性も持った子供も、学校単位の部活の中で力を発揮できずに3年でやめてしまうことも多いでしょう。

学校でいじめなどで不登校になっても、地域のクラブ活動があればそちらが逃げ場所になるかもしれません。でも現実には学校単位ですから、不登校になればクラブ活動も参加できないし、夢の大会への出場も「叶わぬ夢」 に終わります。

なぜこんなに問題だらけの部活動を、今までほったらかしにしてきたのでしょう。
要するにスポーツは「体育教育」、吹奏楽は「音楽教育」、そしてどれもまた「徳育教育」としか捉えてこなかったのではないでしょうか。教育者も親たちもです。

そのくせ、「勝った負けた」で大騒ぎするのも教師たち、親たちですよね。

部活を一つの徳育と位置づけ、「将来社会に出たときに役に立つ人間づくり」などと理由付けし、同時に勝ち負けにこだわり勝つことの重要性を教え込ませようとする。

大企業が喜びそうですね。
そうです。要はすべては企業戦士作りの場なのですよ。学校という場は。
そこに部活もしっかりと組み込まれているのです。

「それでいいんですか?」

という疑問をこれからもずっと投げかけてゆきたいと思っています。

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