異常な部活動に喝!

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中学校吹奏楽 県大会

息子を伴って、

中学校の吹奏楽コンクール県大会

を聴きに行っていました。

なんだか年々レベルが上がっているように感じます。
とても難しい曲に挑戦し、見事に演奏している様は驚きといっていいでしょう。

今回なんと言っても驚いたことといったら、

それまで無名の中学がいきなり「金賞」を取った

ということでしょう。

去年まで
「常に金賞受賞校」を率いてきた先生が転任した先の学校でした。

その学校の演奏 は、正直驚愕の”事件”でした。
演奏後にはホール内がざわつくほどの出来事でした。

だって、無名の学校を就任わずか半年で県内トップレベルの演奏を聴かせるまでに成長させたのですから!!
いかに指導者の力がものを言うか、ということを まざまざと見せつけられました。

さて、吹奏楽では立派な成績をおさめた子どもたち。
でも勉強の方はどうなのでしょうか?
中学校で必要な学力は絶対に身につけておくべきです。
学力崩壊が叫ばれて久しいのですが、その対策は「ゆとり教育の見直し」程度のものでしかなく、あまり効果が上がっていません。
ハッキリ言って、テストの点はあまり気にしなくいい。どうでもいいわけではありませんが、もう崩壊寸前の子供にあまり点数のことを言ってもしかたありません。それより、「人として必要な教養と知性」を持つことを望みたいと思います。
ところが今そのところが一番崩壊してきてしまっているように感じられてなりません。また、学力のある生徒ほど、「人としての教養、知性」を身につけているということもあるので、やはり学力は無視できないという事情はあります。

気になる事実があります。

とある県内有数の進学校のすぐそばにある中学校のことです。
その中学校も吹奏楽部が強く、今回の県大会でも「金賞」を受賞しています。
ところがその中学校から、すぐそばの高校への進学者がとても少ないのです。
その高校の吹奏楽班にはとなりの中学校からの生徒がいても良さそうなのですが、ほとんどいません。

このようなことは吹奏楽だけにとどまらず、野球、サッカーなどでも言えることです。

私の中学校の同窓生で、中学、高校と野球を続けて甲子園に二年連続出場した男がいます。
彼は毎日野球をやりながらも、一度として学年の成績が二番と下がらなかったということです。
そして名門大学へ一発で合格しました。今や弁護士です。

そのようなひともいますが、それは本当にまれです。
中学生はあくまで学校の勉強が主体であって、部活主体の生活などあってはならないと考えます。どうしてもやりたいことがあれば、中学で必要な学力を身につけてから、やりたいことのできる高校へ進めばいい。

上記の野球部の男はそうしたのです。

そして強い肉体、優れた頭脳、そしてタフな精神力をもって、社会のために大きな仕事をすることができています。

中学校で、大会に優勝した経験は素晴らしいものでしょう。
でも人生はまだ始まったばかり。その先が本当に大事なのですよ。
そこで燃え尽きてしまい、あとは抜け殻のようになってしまっては全く意味がありません。

あくまで長い人生の中の学習のひとつとして部活動を行ってもらいたいものだと願わずにはいられません。

ある中学生の言葉です。

「そりゃ、あそこまでやれば金賞取れるでしょう。でもそのために高校進路まで犠牲にするなんてできっこないよ!」

—-それがまともは感覚なのでは?

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吹奏楽地区予選大会の結果から

先日の日曜日に

吹奏楽の地区予選大会がありました。

息子の母校の中学校は新しい顧問がマーチングに力を入れ出したことからレベル低下が著しく、とてもその先の県大会には行けないと思っていました。
ところが、予想に反して「金賞」をとり、次の大会へ駒を進めることとなったのです。
私は大会のことを昨日知ったため、当日聴きに行くのを逃してしまいました。本当に残念です。だから演奏を聴いていないのであまりハッキリしたことは言えないのですが、多分この春に生徒たちが顧問に要求した「座奏に専念させて欲しい」という願いが聞き入れられた結果、生徒たちの気持ちに変化が生まれたのではないかと想像しています。

一方、それまで必ず金賞をとり、毎年県大会に出場していた学校が2〜3校残念な結果となってしまいました。これも驚きでしたが、それらの学校は皆この春に顧問が移動になった学校だったのです。

部活動が学校単位で行われ、その指導者は必ずその学校の教師がやるというシステムでは無理があることが今回も証明されたと思います。

中学校は教師の移動が頻繁で、早ければ2〜3年で移動になってしまいます。そして折角部活動がスムーズに進み出したと思ったら、顧問が変わってしまいまた最初から創り直すようなことがどの学校でも起きています。

まったくもったいないハナシだと感じています。

活動の場が学校であってもいいですが、指導者はある程度長期に渡って指導してくれる人にやってもらうのがいいのではないでしょうか。

できれば学校単位の部活ではなく、地域社会が支える「文化活動」として定着してもらいたいものだと思います。

日本の女子サッカーが快挙をなしとげ、にわかに底辺の拡充を望む声が出てきましたが、現状では無理。本当に無理です。
なぜなら中学校・高校に新たに女子サッカー・チームを作ることは至難の業だからです。
誰が教えるか—-という問題以前に、女子がサッカーをする場所がどの学校でも確保することは困難でしょう。 新たにサッカーコートひとつ分のグラウンドを用意できる学校なんてまずありません。

女子サッカーの裾野を広げようというかけ声は簡単ですが、実現は絶望的な状況にあります。
学校単位のクラブ活動はここでも障壁をつくっているのです。

本当に子どもたちの心身の発達を願うなら、中学校の部活のシステムそのものを変えることを検討すべき時期ではないでしょうか。

なでしこJAPAN 優勝! でも・・・

ワールドカップ 女子サッカーで

「なでしこ JAPAN」が快挙を成し遂げました。サッカーのワールドカップというのは、他のスポーツのワールドカップとはちょっと違います。
なんといっても競技者人口、出場国数、国際的人気度などが圧倒的です。
このワールドカップで優勝するというのは、サッカーを知っているひとは分かるでしょうけど、本当に「とんでもない」ことなのです。

自分が生きている間に日本のサッカーが、その頂点に達するとは夢にも思いませんでした。
私はナショナリストではないので、いつも日本を応援するとは限らないのですが、「なでしこ」達の戦いぶりを観ているうちに彼女たちを応援したくなりました。私のような人間も多いかもしれませんね。
彼女たちの健闘を大いに讃えたいと思います。

でも手放しで喜ぶわけにはいきません。

まずは今朝の新聞「信濃毎日新聞」の記事を紹介しましょう。

『(略)「15年に競技人口を30万人にする」という普及面は進んでいない。日本協会によると、10年後の女子の登録者数はやく3万7千人。02年度の約2万5千人から増えたとはいえ、目標には遠く届かない。中学校に女子サッカー部が少なく、小学校でサッカーを始めた子どもたちの受け皿が少ないという問題も、なかなか改善されない。」

ということです。

また、別の記事「元川悦子のサッカー世界標準」では次の事実が述べられています。

『米国の競技人口は約400万人。女子の習い事として完全に定着している。』
またジェフ千葉レディースU−18コーチの小林美由紀さんの言葉を引用し、
『 米国ではジュニア、中学、高校、大学と各年代のチームに専属コーチがいて、女の子でもきちんとした指導を受けられる。(中略)日本の場合は専属指導者もわずかだし、特に中学年代のチームが少ない。小学生の時に頑張っていた女子選手がサッカーを断念せざるを得なくなるのは大きな問題。』

と指摘しています。まったく指摘されている通りだと思います。

だから私は言い続けているのです。

学校主体のクラブ活動は基本的に無理がある——と。
日本が小学校から少なくとも中学校に対して、あらゆるスポーツ、文化活動の専門指導者をすべての学校に配置させるくらいのことをしない限り、学校の部活頼りの活動は どうしても無理が生じてきます。

ひどい場合には
「今度ウチの子の学校にはあの優秀なセンセイが来てくれた。そしてあの ダメダメ教師はあのライバル校に行ったぞ。やったね! これでウチの子の学校が有利になった!」
なんて会話が親たちの間でかわされるのです。

これが大人たちが子どもたちを思う言動でしょうかね? 基本的に間違っていないか?

息子が通った中学は生徒数が1000人もいる学校だったのに、なんと陸上部がなかったのには驚きました。
陸上競技はスポーツの基本中の基本じゃないですか! それがない。。。
理由は単純で「面倒をみれる教師がいない」からです。他の部のように一人の教員が一つの部全体を視れる ものとは違い、短距離走、中距離走、長距離走、走り幅跳び、高飛び、砲丸投げ・・・など様々な競技を一人の教員が面倒みることは不可能なのです。だから学校は「やりたくない」のです。陸上部一つに何人もの教員を配置させることは事実上できないと考えるからです。

企業主導のクラブも限界があります。
企業の業績が悪化すれば、まっさきにクラブ活動はリストラされるでしょう。現実に多くのクラブで起きていることです。

だから何度でも言います。
クラブ活動は 「地域社会が支えるべき」 なのです。
自分の子供が頑張っている競技や文化活動を、親たちが支援しようとする気持ちが活動の基本になります。地域社会が優れた指導者に来ていただき、長期の年数に渡って指導してもらうのが一番です。

旧ソ連邦のように国家がカネを出し、優れた人材を発掘してその子に最高の環境を与えるといったことは、この国ではもはや無理でしょう。共産党政権にでもならない限り、そんなことはできません。自民党時代から続いている「地方への丸投げ」と「自己責任論」が幅をきかせているからです。(その一方で地方が独自の取り組みを行おうとすると、圧力をかけてくるんですけどね。)多くの日本人がそれを納得して支持しているのだから、この状況は変えることは無理でしょう。

だったら、もう国にも地方にも頼らず、自分たちの地域の教育は自分たちで守るようにするしかありません。

私たちの大事な大事な子どもたちの未来を考えて、学校任せ、教師任せ、企業任せはやめて新しいシステムを地域住民が考えていくべき時代になったのだと思います。

正常な部活ってなに?

中学校の部活が

● 勝つことを目的とせず
● 自由な入部退部が行われ
● 過度な練習にならない

ことを担保されるなら、中学校の部活を否定しません。

しかしながら今の親たち、教師たちの対応を見る限り、それらが担保される可能性はほとんどないと思います。
「過度な練習」というのは、毎週土日の練習や平日も18時を過ぎての活動ということになると思います。
そのように言う理由はいろいろあるのですが、睡眠と食事に焦点を当てます。

子供たちの夕食は夜7時までに済ますのがいいのです。その後は一切食べずに10時までには寝るようにすべきだからです。実際には母親も働いている家庭が多く(我が家もです)、夕食が7時までに摂れる家庭というのは少ないかもしれません。でも理想を言えば7時までに終えてもらいたい。

中学生の睡眠時間はなにをおいても8時間は確保すべきです。ある大脳生理学の先生は大学を受験する高校生に対しても「8時間睡眠」を呼びかけているほど睡眠は大事なのです。

朝6時に起床するなら夜の10時には床につく必要があります。寝る時刻というのは、理想的には食後3時間以上経ってからです。だから夕食は7時までに終わらせることが理想なのです。

諸処の事情でそれらは困難であることは十分分かっています。我が家でもそれはほとんどムリでした。でも最初から「無理だ」と言わないで、出来る限りの努力はしてもらいたいと思います。

そのような理由で夕方6時を過ぎての部活は「過度」であると言わざるを得ません。

また土日も一日練習というのは明らかにやり過ぎです。最大認めても半日だけにすべきでしょう。土曜日と日曜日の両日練習は基本的にはあり得ないハナシです。
家庭内の仕事
家族との対話
勉強
のための時間を考えたら、そんなことできるはずはないのです。

一日練習が良くないのも理由がいろいろありますが、これも食事に限って論じます。

一日練習だと弁当を持たせることになります。たぶん必ずと言っていいほど油料理が含まれます。使う油は大抵菜種油などリノール酸の多い油だと思います。この油は酸化しやすいのです。また多くの家庭で用いている油は「圧搾法」で抽出されたものではなく、「溶剤抽出法」のものです。中には「圧搾法」の油を生活クラブなどで得ている家庭もあるかと思いますが、スーパーで売られている油はほぼ確実に「溶剤抽出法」の油です。この油は抽出過程で「トランス脂肪酸」をつくります。これが身体に悪いことは今や常識ですね。
マーガリンにも当然多く含まれます。ショートニングはトランス脂肪酸の固まりなどと言われています。こういうものを多く子供たちに与えていると、将来的に大きな健康被害を引き起こす可能性がありますので、注意が必要です。
アメリカではトランス脂肪酸は規制対象のようですね。

野菜を多く弁当に入れたから大丈夫ということにはなりません。
野菜炒めなら好ましくはないのです。
生の方がいいのですが、暑い時期には腐り出すかもしれません。それも危険です。

高校では給食がないので、ほとんど弁当持ちとなるでしょう。毎日のことなので、時々適当な内容の弁当になってしまうこともありますね。これはいたしかたないことだと思います。弁当にばかりこだわってもいられないのが実情ですから。

でも中学生はムリにやらなくてもいいことのために、質の劣化したものを食べなくてはならない理由なんてありません。

全国各地で小学校・中学校の給食の内容を良くしようという運動があります。できるだけ「地産地消」とし、安全な食材を新鮮なうちに、あるいは温かいうちに子供たちに食べさせようとしています。
こどもたちの健康を考えれば当然の行動でしょう。

こどもとの対話が減った

高校へ入ってからも吹奏楽を続けることになった息子との対話がすっかり減ってしまった。小学校までは家族で週末には必ずといっていいほど出かけていた。それが中学校からの部活のために、ほとんどできなくなってしまったたのです。

高校生ともなれば、もう親にどこかに連れていってもらうこともないでしょう。行きたければ自分でどこへでも行けばいいと思っています。
とはいえ、やはり家族そろってハイキングなどする休日も欲しいものです。もう15歳。いやまだ15歳 。まだまだ一緒に遊びたいのは親の正直な気持ちです。

こどもが高校生になったって、親の気持ちはそんなもの。中学生なら親子の関係はもっとずっと密であっていいはずです。
いや、中学生くらいの微妙な時期ほど、親はこどもと深く関わるべきだと思っています。

親子の対話は絶対的に必要です。それを部活が奪っている状況がいっぱいあります。絶対良くありません。

「親はなくとも子は育つ」
とはよく言われることばですが、確かに子は育つでしょうけど「豊に」育つことは難しいと思います。

考える力があって
体力があって
精神的に強くて
思いやりのある子

そんな子供は部活の中で育つのではありません。
家庭の中で育つのです。

私は多くの家庭を(外からですが)見てそれを確信しています。
家庭が崩壊してしまっているような状況なら、家の中にいるよりは学校に居た方がいいと言えるでしょうが、そもそも家庭崩壊している中で育った子供というのは、学校においても行動が不安定であり部活動もうまくいっていない場合が多いようです。

もしあなたが子を持つ親で、「もっと子供とふれあいたい」と思っているなら、絶対にそうすべきです。子供だってそれを望んでいるに違いないと思うからです。
親子ともども学校の部活に縛られて不自由な思いをすることはありません。そんな部活なら顧問に文句を言う。それでもダメなら校長に訴える。それでもダメなら教育委員会へ。
それでもらちがあかないなら、さっさと部活をやめるべきでしょう。

とにかく「勝つ」ことを目的とした部活は中学校の活動としては異常です。「勝つ」ことがこの日本において最大の価値があることを思い知らせようという向きもありますが、そんなバカな考えに同調することのないようお願いしたいと思います。
勝てばいいのだ! という考えはホリエモンや村上ファンドの村上のような人間をつくるだけです。社会にとって何のメリットもありません。いや害でしかありません。そのような人間に育ててしまわないように考えていただきたいと思います。

「勝つことを目的とはしていない」
といいはる教師や親もいますが、ホントにそう思っていますか?
だって、勝敗に関係ない部活は土日の活動なんてしていない。
長時間の部活をやっている部というのは、例外なく「大会」がある部です。

なんと言おうと、本心は「勝ちたい」:それは子供たちの気持ちというより教師と親の気持ちではないですか?
特に母親の熱の入れようときたら、明らかに子供たち以上ですよ。

事実息子の中学校に「申し入れ」をしに来た母親たちは
「今のままでは大会に勝てない」
と言って練習量を増やすことを訴えてきたというのです。

オカアさんたち、冷静になりましょうね!!

高校の部活に関して

このサイトは
中学校の部活廃止を訴えるもので、高校は対象外だったのですが、テレビで某高校の吹奏楽部の子が「一日8時間練習している」と言っているのを聞いて、「そな、アホな!」と思いブログに書いてしまったことから話がややこしくなってしまいました。

「一日8時間」というのは、夏休みなどのことであって、普段も8時間練習しているわけではないことを後で知ってホッとしたのですが、この記事に対する反応が結構あって私も胸につかえていたものを吐き出す結果となってしまいました。

でもこの件はこれにて終息させたいと思います。

高校部活に関しては議論の対象外です。
中学校から高校へ進学するときに、自分の得意なもの、あるいは強い情熱を持っているものに突き進むというのは当然のことだと考えています。
それが音楽だったり、スポーツだったりするのは全く問題ないし、やりたいことも見つからず「とりあえずは高校くらい出ておこう」という生徒よりずっと立派だとも言えるでしょう。

目的意識がハッキリしていない生徒を悪く言うつもりは全くありません。あれもこれも出来すぎてしまう子が、進路を迷うことだってあるわけですから。
そのような子は高校生活の中で進路を探ってゆけばいいわけです。

部活より勉強の方が大事。
———そう簡単には言えません。高校の場合は。
基本的な学習はしっかりやっておく必要はありますが、自分の夢を高校生活の中で実現したい子だっているはず。そのような子の高校生活を批判するつもりもありません。
親元を離れて、芸術やスポーツや学問の「名門校」に通う子供たちを讃えこそすれ、少しも軽蔑する気はありません。

でも中学は別ですよ。
これは何度でも言いたい!
義務教育において、教師や親が「勉強なんかしなくていい。部活に専念しろ」なんていう話は到底容認できません。
実際にそのようなことが複数の学校で発生している現実を見てきたため、私は声を上げざるを得なくなったのです。

そこはご理解いただきたいと思います。
小中学校では
親は子供に「教育を受けさせる義務がある」こと。
子供は「教育を受ける権利がある」こと。
教師は「教育の奉仕者である」こと。
これは厳格に理解している必要があります。

学力崩壊が叫ばれて久しいですが、大学の先生たちからも悲鳴が上がっています。
「学力崩壊が大学まで浸透してきてしまって、全くの基礎勉強からやり直さなければならない状況がある」
と、とある大学の先生は嘆いていました。
そんな子が大学を卒業していったいどんな仕事ができると思いますか?
恐ろしい状況であることを認識していただきたいと思います。

モンスター・ペアレンツ(Parents)

モンスター・ペアレンツ

という言葉が出てきたのはいつ頃からでしょうか?
最近はあまり耳にしないような気もしますが、それはそのような親が少なくなったのではなくて、あまりに普通になってしまったからかもしれません。

子供が中学校時代にこんなことがありました。

あまりにも吹奏楽の部活動が過剰でありなおかつ顧問教師の誠意も責任感もない態度に業を煮やし、ついに校長室へ出向くことになりました。
でも私はモンスター・ペアレントではないし、クレーマーでもありません。
とりあえず学校としての基本的考え方を確認しにいったのです。
顧問の言っていることとやっていることの大きな矛盾についても説明を求めました。

校長の対応にはそれなりの誠意もありましたが、なんとなく歯切れが悪く議論をそらそうとの意図も感じられました。話は子供たちの現在のおかれている難しい問題にも及びましたが、その場で校長から聞かされたことにビックリしました。

私が校長室を訪ねるより前に、3人の母親たちが校長室を訪れ
「もっと部活動の時間を長くしてください」
と直談判しに来たというのです。

土曜も日曜もなく、毎日長時間に渡って練習しているのに、まだ足りないと母親たちは文句言っているのだそうです。

「今のままでは優秀な成績をおさめることができない」
と言うのです。
呆れ返った母親たちの要求です。学校をいったい何だと思っているのでしょうか?

でも彼らの本音を説明しますとこういうことです。

「私の子供はもう勉強はあきらめています。せめて 吹奏楽で結果を残させてあげたい」

これが母親たちの本音のようでした。

あなたの子供がいくら好きなことに打ち込もうとそれは私には関係のないこと。どうぞお好きにおやりなさい。親も子供のやりたいようにさせればいい。
でも自分の子供のために 他の家の子供まで「勉強より吹奏楽を優先させる」なんてことができるはずはありません。
でもその母親たちはもう完全に理性を失っているように私には思えました。

子供たちの中には
「部活は趣味でやっていること。一番大事なのは勉強」
と思っている子だって当然います。 それを自分の子供のことを一番に考えて他の子供たちをそれにあわせようとする。こんな馬鹿げたことが実際に起きています。
こんな親をモンスターと呼ぶのでしょう。

高校へ行けば学力も同程度の生徒たちになりますので、部活を一番にするような学校があってもいいでしょう。あくまで学習が一番という学校だってあります。

でも中学校だと、勉強のできる子と出来ない子の差は大きく開いてしまいます。そんな中で生徒たちの意識を一つにして同じ行動を求めることなどできるはずはないのです。

日本全国できっとこんなことが起きているのでしょうね。

子供たちの間のバトル。子供たちと教師の間のバトル。そして親たちの間のバトル・・・。
こんなことをなくすためにも中学校の部活は廃止した方がいいのです。

せめて勝敗のつかない文化活動におさめるべきでしょう。

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